豊西層群は,下位よりTithonian-Berriasian期の清末層およびValanginian-前期Hauterivian期の吉母層から構成されています。今回は,清末層から産出したOnychiopsis elongataについて色々なエピソードを交えて解説したいと思います。
豊西層群清末層主部から採取したシダ化石Onychiopsis elongata(2003/04/13採取) |
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オニキオプシスの標本
クリーニング中のOnychiopsis標本 |
この標本の学名は,Onychiopsis elongata (Geyler) Yokoyamaで,産地は大字阿内になります。
オニキオプシス・エロンガータ,英語音ではオニカイオプシス・イロンゲィタと読みます。
和名は,ホソバタチシノブダマシ
産出層準は豊西層群清末層主部で,年代はBerriasian期。
Onychiopsisはどんな植物だったのか
和名のホソバタチシノブダマシをみてわかるように,Onychiopsis elongataの葉の形態は3回羽状複葉と細い葉身の形状,包膜の二次元的な外見が現生のタチシノブ(ホウライシダ科)のものに似ていますが,Onychiopsisは胞子嚢群が円筒状に包膜でくるまれた構造をしている点や胞子嚢の形態などで両者は根本的な違いがあります。ですので,ゴミムシとゴミムシダマシが全く分類が異なるように,Onychiopsisはタチシノブに見た目がよく似ているからという理由でつけられた学名であるといえます。O. elongataは,中期ジュラ紀末以降の中生代の温暖で適度に湿潤ないし乾期があって亜熱帯に近い気候のもとで堆積した地層から産出していて,沿岸部などの過酷な環境下に適応したシダ類であるとされています。
Onychiopsis属の中で2回羽状複葉とされているものにO. yokoyamaiがあって,後期ジュラ紀以降の中生代で亜熱帯から赤道に近いやや乾燥した地域で堆積した地層から産出しています。本種は,豊浦層群阿内層と地質年代の重なる栃窪層(Oxfordian期)以降の地層からも産出しています。清末層主部は,阿内層や栃窪層よりも気候が比較的冷涼な時代の地層ですので見つかることはないかもしれません。
タチシノブ(Onychium japonicum)の葉(下関市の山中で撮影) |
Onychiopsis elongataの諸問題
Onychiopsis elongataは,海外ではかなり昔からOnychiopsis psilotoidesの同物異名として扱われていることが多いのですが,統一されることなく本邦ではelongataの種名が用いられています。オニカイオプシス属は,海外では長らく数十年前からDicksoniaceae(ディクソニア科:旧,タカワラビ科)とみなされていますが,形態データに基づく系統解析を自ら実施したところDicksoniaとクレードが生成されるものの,ブートストラップ法を用いるとクレードから外れ高い類縁性のある解析結果を示さないことから,所属はヘゴ目に類縁性のあるシダ類,あるいはDicksoniaceaeに類縁性のあるシダ類とすべきであると考えられます。
山口県のある文献では,オニカイオプシスはワラビ科?として扱われていますが,ワラビ科とは似てもいません。なぜなのかわかりませんが,タカワラビ科を記憶にまぎれて間違えて用いたのかもしれません。
某博物館では,そのままワラビの仲間として展示されていました。そのため2006年のことになりますが,タカワラビの仲間に修正すべきですと学芸員さんに提言させていただいたことがあります。ちなみに,タカワラビは「高蕨」のことで,背の高い木性のシダとなる種類です。
2006年には,分子系統解析に従った分類体系が登場しはじめたばかりで,その後,分子系統学による新分類体系が確立してきたこともあって新しいものが国内外で採用されるようになりました。世界のトレンドに従うなら現在はディクソニア科(Dicksoniaceae)が妥当でしょう。
豊西層群の年代
豊西層群はTithonian期-前期Hauterivian期の地層ですが,近年,砕屑性ジルコンのU-Pb年代が清末層と吉母層において両層とも125Maの年代が測定され,新たな問題が提起されることとなってしまいました。
というのも,吉母層の汽水生貝類は川口層のタクサとの共通性が高く,対比されている川口層から放散虫年代が報告されていますので,U-Pb年代は若すぎて考えにくいということと,室津層から鳥巣型動物群のタクサが報告されていますが,鳥巣型動物群の年代はHauterivian期よりも若くならないという年代制約があるからです。また,他の地域の地層でも同じようなパターンで砕屑性ジルコンのコンコーディア年代が地層の年代よりもかなり若くなる事例が報告されてきています。
今回の標本は,清末層の植物化石の中でも保存が比較的良く,原色化石図鑑の阿内産の標本(PL.57, fig.7)にも劣らない立派な植物化石の部類に入り,県立山口博物館に寄贈させていただいた標本の1つです。