阿内層(Ohchi Formation)
阿内層(おうちそう)は,西南日本に分布する中期ジュラ紀末~後期ジュラ紀の地層で,下関市大字阿内(おうち)に最も広く分布し,同市菊川町にかけて広がります。
阿内層は,弧間構造盆の静穏な内海に堆積したジュラ系豊浦層群の4つの層のうち最上部を占め,下位の中部ジュラ系歌野層を整合に覆い,上位は,豊西層群清末層基底部の厚い砂岩礫岩層(Tithonian期)に平行不整合,一部傾斜不整合にて覆われます。後期ジュラ紀は気候が温暖で海水準がかなり高かったため,豊浦・豊西両層群の間の期間は,無堆積状態か削剥が軽微であった期間が存在したとみられます。地層の年代は,後期Bathonian期末~前期Kimmeridgian期。
【岩相】
本層は,最下部を堆積物重力流起源の泥質礫岩・礫質泥岩・含礫泥岩などで画され,砂岩層を挟むシルト岩優勢層と,一部砂岩(アルコース質)・泥岩互層からなる下部(後期Bathonian期末~後期Oxfordian期中頃)と,シルト岩にアルコース質砂岩や礫岩,凝灰質の砂岩・泥岩を多く挟む上部(後期Oxfordian期中頃~前期Kimmeridgian期)から構成されています。凝灰岩を構成する火山物質は,化学組成から背弧側からもたらされたと推定されます(河村,2016)。
【阿内層を不整合に覆う豊西層群の年代】
上述したように,阿内層と豊西層群の年代間隙が後期Kimmeridgian期からTithonian期の初めまでの約500万年ほどしかないと考えられるのですが,阿内層を不整合に覆う豊西層群の年代は,砕屑性ジルコンから125Ma の年代が報告されたために,前期白亜紀のBarremian期以降と若く見積もられるケースが出てきています。しかし,豊西層群から産出する清末層の植物化石や室津層の鳥の巣型動物群,吉母層の汽水生貝類化石の古生物学的知見は無視できないものがあります。
吉母層の汽水生貝化石群集とほぼ一致し,多くの共通するタクサを産することで対比される川口層の年代は,海生動物の示準化石である放散虫年代によりValanginian期~Hauterivian期とされています。特徴的な石英質砂岩により豊西‐川口岩石区が提唱されているほど岩相もよく似ています。また,海生動物から構成される鳥の巣型動物群には年代制約がなされておりHauterivian期よりも若くなることはありません。地質年代と植物化石の気候変化との関連については後から【化石】の項目で解説します。
地質年代学の分野では当然のことですが,放射年代を取り扱う場合には若返りの年代を示す場合があるということを,年代データの他者による利用者責任において十分注意して引用しなければならないでしょう。ジュラ系来馬層群においても,最も若い砕屑性ジルコンのコンコーディア年代(中間値)は堆積年代よりも若くなっている例が報告されています。清末・吉母層の125Ma の年代も,最も若いコンコーディア年代です。ジルコンのU-Pb年代はその閉鎖温度が900℃以上と高いとはいえ,砕屑性ジルコンの年代は火山岩中のものとは違いその砕屑粒子が流水中での運搬から堆積,堆積物の続成作用といったより複雑な過程を経ており,その間にPbの溶出や貫入岩による熱変成過程での物質移動による溶脱,長い年月の風化を火山岩よりも受けやすいなど様々な条件下で若返るリスクが比較的大きいといえるでしょう。
【化石】
植物:苔類(Thallites),ミズニラ類(Isoetites),ヒカゲノカズラ類(Lycopodites),トクサ類(Equisetites),シダ類(Cladophlebis, Onychiopsis, Gleichenites, Coniopteris, Matonidium, Adiantopteris, Acrostichopteris, Sphenopterisほか多数),シダ種子類(Sagenopteris, Ctenozamites, Pachypteris, Sphenopteris),ソテツ類(Nilssonia, Pseudoctenisやそれらの繁殖器官),キカデオイデア類(絶滅分類群:多種多様のZamites, Dictyozamites, Otozamites, Ptilophyllum, Pterophyllum, Anomozamitesやそれらの繁殖器官),ソテツ葉類(Cycadites),イチョウ類(Ginkgoites),球果類(Brachyphyllum,Araucarites,多種多様のElatocladus,Cephalotaxopsis, Cf. Nageiopsis, Parasequoia, Torreyaなど),不明分類群(Pelourdia, Taeniopterisほか)など100種を超える植物化石(外帯の領石型要素優勢)を諸層準から産出します。
特定の層準にGinkgoites cf. sibiricus,G. ex gr. digitatus,Dictyozamites naitoi, D. cf. reniformis,Onychiopsis elongataなどの石徹白型(飛騨地域の石徹白亜層群の要素)の植物化石を少産します。Czekanowskiaについては懐疑的な点がありここに記していません。
阿内層の植物群は,主に領石型要素から構成され石徹白型要素をわずかに含むいわゆる混合型植物群です。かつては,阿内層分布域から産出する化石植物群は歌野植物群(一部,西中山型植物群を含む)と呼ばれていましたが,阿内植物群(おうちしょくぶつぐん)と改名されました。また,この阿内植物群にあたるものは既往文献では領石型と手取型の混合型と記載されてきましたが,手取層群の九頭竜亜層群から領石型優勢のタクサと,赤岩亜層群から領石型タクサが報告されるにつれて手取型植物群を以前の定義では混合型として認識せざるを得なくなってきました。そのため木村達明氏らの以前の定義のまま使用可能な北方型の石徹白亜層群の植物群を石徹白型として用いることとしています。阿内植物群は,同時代の領石型を示すOxfordian期の栃窪植物群や後期Callovian-Oxfordian期の舞根層植物群などとの共通ないし類似種が含まれます。
例えば,Equisetites sp.,Cladophlebis cf. matonioides,C. sp. cf. Eborasia microlobifolia,C. sp. B,Gleichenites sp.,Zamites cf. choshiensis,Z. nipponicus,Otozamites cf. kondoi,Cf. Ptilophyllum jurassicum,Nilssonia ex gr. schaumburgensis,
後期ジュラ紀の160Ma以降パンゲアの分裂再開に伴い全球的に火成活動が活発になり火山ガスなどの温室効果ガスの影響で気候が温暖化してきますが,これも1000万年ほどで終息します。ジュラ紀末に豊西層群清末層の堆積がはじまる頃になると火成活動が落ち着き次第に寒冷化していきます。白亜紀初期を過ぎ脇野亜層群が堆積する頃になると再び温暖化の方向に転じます。この気候変化は阿内層・清末層・脇野亜層群の植物群の組成変化や,そのほか飛騨地域の貝皿層,石徹白亜層群・赤岩亜層群の植物群の組成変化にも顕著に表れています。寒冷化した時期に生育した清末植物群では石徹白型の要素が阿内植物群との違いを無視できないほどに多く混入するようになります。
動物:動物化石の生きた痕跡として,生痕化石のPhycosiphon cf. insertumが各地の諸層準から見つかっており,重力流性のタービダイト堆積物などの表層部に生物擾乱泥岩として地層中に挟在します。生物擾乱泥岩は下位の歌野層のものに外観上酷似しています。
0 件のコメント:
コメントを投稿