2020/12/20

秋に最も遅くまで鳴き声の聞かれるコオロギの仲間:クチキコオロギ,山口県(Duolandrevus ivani in Yamaguchi, Japan)


下関市では,11月下旬の寒さの中でもたまにエンマコオロギの鳴き声に若干似たクチキコオロギの鳴き声が聞こえます。12月に入ると気温も10℃前後に急激に下がり,日中も15℃を下回るためコオロギの鳴き声も聞こえなくなります。今回は,地質・古生物学の話題をまじえて寒さに強いクチキコオロギを紹介したいと思います。


写真_昆虫
側面からズームしたクチキコオロギのオス



クチキコオロギ(朽木蟋蟀)


クチキコオロギDuolandrevus (Eulandrevusivani)は,コオロギ科クチキコオロギ亜科の昆虫です。次の写真のようにオス,メスともにカネタタキのように翅が短く腹部の大半がむき出しになっており,体長が30㎜以上もある日本で最大級のコオロギです。マツムシに系統的に近いという話もあります。


写真_昆虫
クチキコオロギのオスとメス


次の写真ですが,11月の末のかなり寒い日に木にへばりついて枯れたキヅタ(Hedera)から無数に出た気根の陰で,2匹のクチキコオロギのオスの縄張り争いとみられる行動が観察されました。リー・・・・・,リー・・・・・,と何度も後脚をつかって体をふるわせながら鳴き,奥にいるもう一匹の小さいオスも時々応戦して鳴いていました。鳴く時は写真のように翅を少し立てて広げ擦り合わせています。


写真_昆虫
ヘデラの気根の裏にたたずむ2匹のオスのクチキコオロギ(11月末)


観察できた個体は,体長が28~30㎜ほどでした。尾毛を含めた長さが35㎜ほどで,触角はかなり長いです。



写真_昆虫
クチキコオロギのオス


写真_昆虫
寒さで動きの鈍ったクチキコオロギのオスを仰向けに寝かせて撮影


写真_昆虫
クチキコオロギのオスの顔面


クチキコオロギのメス(11月末)

クチキコオロギは,朽木の樹皮の下などで生活している種類で,木の中や土の中の空洞に入り込み越冬します。12月,土を掘ったときに土の中から出てきたことがありました。

とくに,キクラゲの生える枯れ木や朽木でよく目撃します。10月末にはキクラゲの生えた朽木にオスとメスが一緒に見られましたので,この頃まで繁殖をしているのでしょう。オスは11月末頃まで鳴き声が聞かれます。クチキコオロギにキノコ類を与えても食べた形跡がなく,胞子から発芽した白い菌糸がなくなっていましたので,キノコの菌糸の蔓延した樹皮などを食べて生活しているのでしょう。


写真_昆虫
キクラゲの生えた朽ち木にとまっていたクチキコオロギのメス(10月末)



コオロギ科の昆虫はいつ頃からいる?

クチキコオロギ亜科のコオロギは化石としての記載はありませんが,コオロギ科の化石では今から約1億3290万~1億2940万年前の前期白亜紀のHauterivian期の地層からAraripegryllus? orientalisが産出しています。この地層は,イングランドのLower Weald Clay層でタイプウィールデンの中部を構成する地層です。

山口県の地層でいえば,下関市の豊西層群吉母層の時代(Valanginian~前期Hauterivian期)の堆積物になります。Hauterivian期の地層は,吉母層の上部層がその時期にあたります。ちょうどこの頃は,豊西層群とこれを不整合に覆う関門層群の層序間隙をつくった地殻変動がはじまった時期で,吉母層下部層の黒色泥岩や砂岩を堆積した頃とは違い,変動時の堆積物らしく砂岩や礫岩など粗粒の砕屑物が堆積しています。

この地殻変動というのは,かつて南中国地塊にくっついていた頃の日本を形造る基盤岩に対して海洋プレートが海溝とほぼ平行に北へ向かって高速移動したために日本弧の基盤となる付加体群が主要な構造線を境に分割されて左横ずれを起こし,南側の地体群が複雑に変位しながら北上をはじめたことに起因しています。この左横ずれ断層運動により南側から圧縮されて,構造線よりも北側の地帯で何が起こったか想像してみて下さい。このような大変動が太古の昔から普通にあったのです。

何が起こったのかは次のページで解説しています。

山口県でカベチョロと呼ばれる爬虫類のニホンカナヘビ;交尾,卵,孵化の観察



タイプウィールデンの最下部を構成するのが,Berriasian期末のヘイスティングス層群アッシュダウン層ですが,この地層の下部層からウィールデン植物群を構成するOtozamites klipsteiniiZamites buchianusなどの植物化石が数多く報告されています。見覚えのある学名だと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが,これらの植物化石はすでに別属に移されたり別種として改訂されています。これらの化石は,下関市に分布する豊浦層群阿内層から産出するほぼ後期ジュラ紀の阿内植物群(後期Callovian期~前期Kimmeridgian期)や豊西層群清末層から産出する白亜紀初期の清末植物群(Berriasian期)の古い植物化石のリストに載っているタクサでもありますが,現在はこれらの古いリストの学名を使用していては研究として成り立たなくなるほど世界では研究が進んでいるのです。国内にはこの方面での有識者がほとんどいないといっても過言ではないでしょう。

コオロギの仲間は,通常昆虫などの動物性タンパク質のほか被子植物の葉や果実,菌類などを採餌していますが,コオロギの仲間が出現した頃はシダ類やNilssoniaPseudoctenisといったソテツ類,ZamitesDictyozamitesPtilophyllumなどのベネチテス類(絶滅分類群),針葉樹類が優占する植生でしたので,単子葉類や双子葉類などの被子植物は化石として残るほど多くはなかったと考えられます。

被子植物が顕在化してくるのはHauterivian期の次のBarremian期になってからのことですので,コオロギ科の昆虫も被子植物にあわせて発展してきたのかもしれません。


































































































































































































































































































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